とりえかんざし

いつもなにかにこころをよせて、恋していたい

冷やかし三昧あめあられ

隔週記事を書きたいとりえです。
金曜日は「言葉・文芸」です。


28年前の今日、1月8日に新しい元号がつけられました。

「平成」

内平かに外成る。
地平かに天成る。
そんな言葉から生まれたよう。


おぼれることなくめげることなく。
はじることなくおごることなく。

感情にふりまわされることなく
心に素直になります。

自分の内側を平かにすることの大切さは去年くらいから身に染みてわかってきました。
深みのある言葉は、まだわたしにとっては不便ですので、
リラックスという言葉を便利だなあと思いながら使っています。

「地平かに天成る」なんてのは、なんだか積み木のようです。
去年ありました、マンションの基礎工事不正の出来事も思い出します。今はどうなったのでしょうか。



今日は午前中に時間がありました。
雨降りでしたが、寒くありません。買い物に出かけます。


すり鉢を求めようと、心当たりのあるお店を巡りみたのですが、いいものは見つかりません。
すぐに求めたいものではありませんので、こちらは長く探す楽しみにしましょうか。
なにをするかって、
ごまをする。


タオルも一枚、洗顔後のものが欲しいのですが、こちらも、いいものには出会はず。
模様はいりません。手触りと色のよいものが欲しいのです。
気に入れば、100円均一でも構いません。


本屋にも行きます。
いつもの一角へ足を運ぶ。好きな棚があるんです。そこに平積みされた本は、いつも変化していて、それでいてわたしの心をピンポイントに狙い撃ちしてきます。
この一角を作った方はどんなお人なのでしょうか。知るすべはありますが、知らなくていいと思っています。本がその人を教えてくれる気がするのですから。読みましょう。推理するのもいいかもしれない。
てなことをいっていますと、
あ、今日も見つけてしまった。ほんとにすごいなあこの棚は。


一目惚れした本は、中身がおもしろかろうとおもしろくなかろうと、わたしを充足させてくれます。

見つけた今日日に買うことはほとんどありません。よくもわるくも手が遅いのです。

何も買わず、冷やかしのようではありますが、わたしのような客だとしても、実はありがたいんですよ。
わたしがお店をくぐることによって、他のお客さんが入りやすくなるのですから。
なんて、都合のよい言い訳も思いつきながら。あはは。


買わないことによって、思いが強まるのを感じることもあれば、けろっと忘れてしまったり、どうでもよくなることもある。

どちらにせよ、わたしはそれでいいと思うのでしょう。


それでいい。

わたしの生き方のように思えます。
それでいいのかどうかはわかりませんが。


今日探したすり鉢とタオルと、今日見つけた本とわたしの心が、明日以降、どう変わってゆくのか、

楽しみ。