とりえかんざし

いつもなにかにこころをよせて、恋していたい

「隠しパラメーター」

隔週記事を書きたいとりえです。月曜日のお題は「所作・身嗜み」です。


表立って話されることはありません。そうしてしまえば、あなたさまの品を疑っているようにお相手方を誤解なさるでしょうから。
人さまのブログをわざわざ添削するようなお節介なお方がいらっしゃらないのと同じ理屈でございます。

ひっそりと存在しますそれは、24時間ずっと共にあり、生きていく上で重要な部分を担っているのです。

いつも磨いていればなぜだかうまくいくことが多くなりますでしょうし、逆に馬鹿馬鹿しいなどとおっしゃっていれば、どうなりましょうか。

表立って話されることのない、生きていく上で重要な部分。

今日はそれを「隠しパラメーター」と呼ぶことにしましょうか。

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隠しパラメーターの中でも、おへそと言える、代表格が、「清潔感」「言葉遣い」「所作」でございます。

どれもお店で求めることも、親切な方からいただくこともできないものです。
自分でしか磨いてゆけぬものでありましょう。

「清潔感」
清潔感とは言い替えれば、「目が行き届いている」となりましょうか。髪の毛、顔、衣服、手の先足の先。身の回り。清潔感というものそれ自体。
目を向けていること。まずはそこからなのです。

身の回りは見渡せば見えやすいでしょうが、自分自身のこととなりますと、全てに目を配ることは困難極まりましょう。そのために鏡や他人に自分を写すわけでございます。それを見、改善することが肝要であると言えます。
心の清潔感というのもありましょうが、それは「素直」と言い替えられるのではと思っております。

「言葉遣い」
はじめに言葉ありき。というほどに、言葉とはあらゆるものをかたどっております。あなたさまも、ご自身で発した言葉によって、「自分」というものが、かたどられるのです。人形の形をしたクッキーを作るときのようにです。
ですので、もし、あなたさまが何者かになりたいのであるならば、言葉を、その何者かと同じようになさればいい。全ての創造は言葉にしてみて最初の最初。
言葉を発して、どうも具合が悪いようでしたらその言葉をお遣いになるのをおやめになればいい。心地よく感じられる言葉をお探しになればいい。それだけでございます。

なにも敬語が全てではございません。子どもは子どもらしく、不良は不良らしく言葉をお遣いになればいいのです。
宝石店の店員がギャル語をお遣いになったり、大人が赤ん坊につられて赤ちゃん言葉をお遣いになりますのは、聞こえがよろしくありません。お店の品位や尊敬という念が疑わしくなりましょう。
ただ、正解というものがないのは確かではありますが。だからこそ、むずかしくも、おもしろいものです。

「所作」
所作は訓練によるものです。筋トレや、学校のテストと同じ要領となります。身につけば一生ものになるという点では違います。勉強は継続してこそ一生もの。
楽器を調律するように、正しい所作は、自分の心を調えてくれます。調った心が、調った言葉や思考になるのは言うまでもないでしょう。
似たもので、「作法」というものがございますが、こちらは法というだけで、‘考え方’と言えましょう。
「所作」はその考え方を動作にしたものであります。
よい教科書を大量に集め、両手でたくさん持っただけでは賢くならないのと同じように、作法を学ぶだけでは所作は身に付きませぬ。教科書を集めるのも、作法を学びますのも、趣味に留めておきますよう。

てなことを言いながら、わたしが趣味で集めました作法をご紹介しましょうか。あはは。
それは、「急がないこと」「2つのことを同時にしないこと」でございます。
急がずに落ち着いていらっしゃるだけでも、人間が違いますし、フリだけでも、よっぽど冷静な判断ができましょう。
2つのことを同時にしないこと、つまり1度には1つのことだけ、こちらを守ります。それだけで簡単に品がよくなりましょう。
去りながら挨拶をするのではありません。立ち止まり、それから挨拶をする。そして去る。
荷物を持ちながら足でドアを閉めません。荷物を置き、ちゃんと取っ手を掴んで音を立てずに閉めるのです。そして、さっと荷物を持ち直します。


習慣というものが染み込んでますでしょうから、修正をなさるのは容易ではありません。
誰からも注意をされませんし、指導をなさる方も稀でございましょう。
だからこそのこの「隠しパラメーター」。自ら時間をつくり、磨くだけの価値を、わたしは、あるのではと、強く思うのです。

いや、価値なんてなくてもいい。わたしはこういうのが好きなだけなんです。それだけで充分。
ずいぶんと話させていただきました。


長文失礼しました。