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とりえかんざし

日常と、絵と作文の“毎日更新”練習帳。いつもなにかに心を寄せて。恋していたい。

ほどほどの欲と努力という種を蒔きましょう

曜日ごとに1つずつお題を決めて、隔週で更新しておりますとりえです。火曜日のお題は「花のある人」。

「あの人は、どうしてか不思議ですが、花のようなお人なんですよ」
…このような人を研究するのが火曜日ってことにしています。
前回に引き続き、考えていきます。今日は、姿勢と考え方の方針。

***

花を咲かせるには、種を蒔く必要があります。人で言いますと、欲と、努力が必要です。

欲はほどほどに大事なもの。自分もよくて、みんなにもよい。前回考えた通り、究極的なバランス感覚の中心をとらえることが目的かもしれません。
"究極的なバランス感覚の中心"とは、一言で申しますと「自然」となりましょうが、誤解を招く言い方だと懸念しておりますので、あえてそうは呼びません。自然と呼んでしまえば、なんとなく、何もしなくていいのでは?と捉える方が少なからずいると思ったからです。自然は自然でも、成長しますし、繁殖もします。水がなければ根を伸ばしますし、必要な欲を兼ね備えております。むしろ欲だらけなのです。
かといって、他に悪影響を与えることはあまりないように感じます。
他との接触があって、どうも厳しいようでしたら、きっぱりさっぱりと散る。傲慢さの中に、そういった潔さもあるでしょう。

種を蒔きすぎれば、密集し過ぎていけません。強い種子を、広く、遠く、どこかよい所まで届くように祈っているだけかもしれません。


努力も必要です。頑張りすぎても、1日に土壌から吸収できる栄養や水に天井が見えるだけ。他とのバランスもありましょう。あなたが頑張るにも、睡眠や食事といったエネルギーが不可欠なのと一緒です。したがってこれもまた、ほどほどな、かつ、毎日の継続的な努力を。

努力の例として、簡単なのは、よく人を観察し、よく言葉を見聞きし、「なんかいいな。あっ、これって花かも」と感じたものを、自分で真似してみることです。3日間くらい真似してみますと、自分の心をもってして、なにかしら見えてくるものです。

常日頃から、そういう眼をもって生活し、見つけたら真似してみる。どんどん真似していって、うまくいかないものはやめて、うまくいったものだけを残していく。いくつも積み重ねる。それを継続していくのが種を蒔く。それなしに、自分だけの力では花は咲かない。
中には、周りの人たちがたくさんの種を蒔いてくれる幸運な方もいらっしゃるかもしれませんが、それでもわたしたちが間違いなくできることは、自分で生きて成長して、種を蒔くことだけでございます。


そうしたら、
そのうち、
花が咲くかもしれませんよね。


***
~以下メモ~

  • 言葉がキー?
  • 自分を含めた全てのものを大切にする心?
  • 接するものによって自ら枯れてみせる?
  • 孤独は必要条件か?
  • 日本にしかない価値観か?

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思考駄々漏れでお送りしました。これは、まとまるのかどうか。

長文失礼しました。