とりえかんざし

いつもなにかにこころをよせて、恋していたい

文章のプロなんだから、編集者が本を書けばいいじゃない

と、思ってもそうはいかない。

文章術や形式だけでなんとかしようとする受験生や就活生と同じように。

みんなで仲良く決めた、答えばかりを書いてきた人には文章は書けない。

自分の意見、自分の感じたこと、自分の考え。
持っていないから。

みんなで決めた模範解答のような答えしか持ってないんです。それを求める大人はまだまだいます。でも実際は、 クイズ番組で、もっともな正しい答えよりも、頭の横を叩かれたような突拍子もない間違えの方に価値があるように。

面白いことに、面白いであろうところを面白いと思ったことはありません。いつもふとしたところで、ふとした仕草で、ふとした言葉で、なんかいいなあと感じることが多い。なんかいいなあと感じたら、それで、幸せだもの。

「何か書きたい」と切に願う人が書く作文に"正しさ"や"コツ"なんて、そんなものはいらない。
ただ、その「書きたい」を思いっきりぶつけてみせて。



答えがないもの。

これを表現するには自分を知るしか他にない。
形式にとらわれず、自分の中の材料で、面白いと思う順番で、組み立てる実験を繰り返す他ない。


自分が言葉にしたいのに、その言葉が見つからない時がある。忘れちゃうときもあるけど、悔しかった心残りな気持ちは本物だ。その瞬間から、人生をかけて、見合う言葉を探す旅が始まる。
言葉にできないものを、表現する言葉に出会ったときに、ああこれなのかと、学ぶ。その喜びは、文章術の勉強とは比べようがない。
ぴったんこが見つからなくても、近い言葉を見つけていって、一歩一歩達成感を味わう場合もある。

たとえばさ、
「親切」ってどういうことを言うの?


やさしいこと?
おせっかいなこと?


わたしは、

親切とは「わかりやすい」こと

だと思います。
ははは。わたしのブログは親切じゃないですね。


そんなこと書いてたら、日をまたいでしまったので、寝ます。最近は夢にやたら変な人が出てくるのです。今日は出会わないように頑張ります。