とりえかんざし

いつもなにかにこころをよせて、恋していたい

きれいなジャイアン神社。わたしの初詣は遅い。

今年もこうやって来ることができました。ありがとうございます……

初詣(はつもうで)とは、年が明けてから初めて神社や寺院などに参拝する行事のこと。一般的には正月三が日や、一月中に行くようです。


…正月三が日はおろか、一月などとうに過ぎてしまった。世間はひな祭り一色である。だが気にすることはない。こういうものは大抵、「初詣に行くんです」と、言ったもの勝ちなんですから。初詣と言ったら初詣。


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毎年、初詣には母と二人で行く。車で約一時間の一本道で、山のふもとにある大きな神社だ。

早朝に行くと、参道を箒で掃き清めている巫女さんや、細かな道の脇に生えている余分な草をきれいに取り除いているボランティアさんが見えたりする。草木や砂利、参道から本殿まで、とにかく目が行き届いていてすきっとしてて、感心してしまう。この神社のこういうところが好きだ。山の中の少し冷たく澄んだ空気も一緒に自らの体内へと取り込むと、もう間違いない。キレイなジャイアンのようになってしまうだろうよ。


惰眠を貪るプロであるわたしたちがそんな朝早くから行けるわけもなく、お昼前くらいに神社についた。参拝して、お守りを売店で買ったり、なんやかんやしていればちょうどお昼時になるだろうという寸法だ。

神社からちょっと遠い駐車場に車を置かせてもらって、出発する。ホントは、近いところに大きな駐車場もあるのだけれど、なぜだかいつだって混んでいるのですから、不思議。ははは、暇な人もいるもんだナア。

毎年通る道。毎年同じことをする。周りの石やら文字やら植物やら家族連れの子どもやらを眺めながら参道を歩きます。
途中で手を清めるところがあるので、説明書き通りに手と口を清める。水が冷たくて指が無くなりそう。ハンカチで手を摩擦しながら拭き、本殿の入り口をくぐり抜けて、入る。視界がグワっと広がる。

「混んでるねえ」

小銭入れから10円玉を取り出しながら参拝の列に並ぶ。

「そういえばあの子、なにどし(干支)だったかしら」

毎年家族全員分、干支のお守りを買う母はいつもこのタイミングでぼそっと疑問を投げ掛ける。もちろんわたしもさして覚えているわけではない。双子だったか、乙女だった気もする。まてよ、星座じゃなかったか。とにかく、確信はもてない。

「…申(さる)でいいんじゃない?」


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帰り道、駐車場の側に古いお土産屋さんがある。毎年恒例、いつもそこに寄って、山盛りのおでんを食べて、温かくなって、お腹も心も満たして、帰路につきます。

目的は初詣。だけどもいつも思い出すのはおでんのにおい。小さい頃から、こんなイメージを植え付けられているのだ。今や、お祭りなどで見かける玉こんにゃくの、醤油に漬かっているあの匂いを嗅いだだけで、この神社のことを思い出す。それが嫌な思い出なら困りますが、幸せな記憶だから、許します。




来年も、こうやっていつも通り、来れますように。