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とりえかんざし

お休み中です

爪切りの話

  • 寝癖はそのまま放置でスーパーサイヤ人状態
  • シャツははみ出したまま
  • 袖や裾で口や手を拭く

そんな「だらしなさ世界チャンピオン」だった幼少時代のわたしが
大人になった今、少しだけましになりましたのは
祖父のおかげでしょうか


***

これは5歳くらいのときの話。季節は夏の終わりごろだったと思う。

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「おい、右足かしてごらん」


わたしの家では、爪が伸びすぎて、だらしない状態を『鬼爪(おにづめ)』と呼ぶ。
恐がらせるというよりも、早く切らないとからかうぞ、というように急かすような意味合いが強かったように思える。

今わたしは鬼爪だ。
わたしが鬼爪の時には、祖父が切ってくれていた。外で。屋内ではなく屋外です。家の向かいのアパートの階段をお借りして、そこに座って切ってもらっていた。
なぜ外で切るかというと、爪が飛んでも家の中ではゴミ箱に捨てないとしょうがないですが、外なら飛ばしっぱなしにできるかららしい。


子どもというのはじっとしていられないもの。わたしも例外ではなかった。片手片足を、爪切りに委ねても、他の四肢及び身体全ては退屈なのだ。
じっとしていなければ、祖父は爪が切ろうにも切れなくなるので、よく「まがり煎餅」を片手に持たされた。甘じょっぱい醤油味で、厚さは薄めでくにゃくにゃ曲がり気味の煎餅だ。ああ、昔から食べ物に弱かったのか。



ぱちんっ。

ぱちんっ。

日が傾きかけてきた時間の住宅街道路で、爪を切る音が響く。日中暑くても、いくらか気温が落ち着くこの時間は、風が吹くと涼しくて心地いい。


わたしの爪を切りながら、

「爪はきちんとしてないといけないよ」
「だらしなくしてると、爪で怪我もするし、人に見せられないよ」
「じいちゃんの爪を見てごらん。いつだって、きしっとしててキレイだろう?」

祖父は話す。
わたしは片っぽの手に持った煎餅をほおばりながら、祖父の話を聞いていたこともあったし、心そこにあらずの時もあった。基本的に脳内は、ぼーっとしてるか、せわしなく忙がしいかのどっちかだった。


今でも覚えている、印象的だったのは、切った爪を、蟻(あり)が運んでいたこと。
ヤツラは巣の穴の中まで器用に運んでいくのだ。一体わたしの爪をどうしようってんだ。


「ほら、お前もサランラップの芯とかペットボトルのキャップをばかみたいに集めてるだろ?」

祖父よ、一緒にしないでくれるだろうか。あと、ばかみたいにって、普通そう言われるとアホなわたしでも傷つくからね?否定はしないけど。
ホントになんで集めていたのか、今となっては不明である。


人は四肢を一つ拘束されて、小腹がふくれて、退屈になって、天気が陽気でポカポカしてると、寝る。
よく、仕上げのやすりがけのときに意識が飛んでたと思う。その日も、いつの間にかウトウトして、ぱたり。気づいたら夕方、日が暮れて、夕飯の匂いがして、わたしは薄暗い和室の畳の上。台所の方から包丁のトントンという音、食器のカチャカチャした音が聞こえてくる。

和室の引き戸から漏れる光。横たわったままそこに自分の指先を照らすと、ぴかぴかに光っていた。



ひらめいた。

今度は、煎餅を少しとっておいて、蟻にあげてよう。そうしよう。いひひ。

あと、さっきのコト、みんなに教えてあげよ。


ゆっくり身体を起こすと、
髪の毛は再びスーパーサイヤ人になっていた。