とりえかんざし

いつもなにかにこころをよせて、恋していたい

何か上手くいった時や、美しい所作をばっちりおみまいした時ほど「残心」をいつもより大きくとる。

残心(ざんしん)とは日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。

wikipediaより引用→【 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/残心 】

残す心と書いて「残心(ざんしん)」。この「残心」とやらを身に付けますと、いいことがおきます。たぶん。
いつも書いている文章により深い印象を残すことができるようになったり、美しいものを美しいまま、正しいことを正しいまま継続させたり、はたまた大切な何かが死なずに済むことさえあるのです。

武道における残心とは、技を決めた後も心身ともに油断をしないことである。たとえ相手が完全に戦闘力を失ったかのように見えてもそれは擬態である可能性もあり、油断した隙を突いて反撃が来ることが有り得る。それを防ぎ、完全なる勝利へと導くのが残心である。

自分を助け、相手をも助けることができる魔法のかかった状態、尊重と思いやりがほどよい緊張に包まれている状態の中に「残心」が強く存在します。
恐れからの完璧主義でもなく、全部疑わずに信じちゃう楽観主義でもない中間点。そのニュートラルな状態より、ちょっぴり上の気の置き方だと思っています。習慣みたいなもので、肩肘張らないで、リラックスしたまま、残心はとれるはず。基礎的な心の置き方。

生活の中では、襖や障子を閉め忘れたり乱暴に扱ったり、また技術職の徒弟で後片付けなどを怠ると「残心がない」や「残心が出来ていない」といって躾けとして用いられる言葉でもある。仕舞いを「きちっと」する事でもある。

簡単に言えば、「心構えの一つとして覚えておくといいものなのではないだろうか」と、わたしが勝手に思っていることです。
どんなにいいことしたって、最後だらしなかったり、せかせかしてたら、なんだか後味が悪いでしょう笑。終わりよければ全てよしとも言います。今の今まできちんとしてきた良識ある人が、最後の最後の油断で相手に心配させたり、小馬鹿にされたりしたらもったいないでしょう。
普段から、「急いじゃいけないよ、急ぐ必要はどこにもないよ」ってニコニコしながら言ってるわたしが、去り際に点滅信号を強引に小走りで渡ってたら、幻滅するでしょ?笑
その油断や驕りをなんとかしようじゃないのっていうのが残心。
これは、日常の暮らしや仕事、立ち振舞いにも応用がききそうで面白そうなんですよ。


もうちょっと勉強したら、わたしなりにまとめてみたいと思っています。
今はまだ、うまく言い表せないのでごめんなさい。

今日はキーワードの紹介だけで失礼。wiki様々でございます。
もうちょっと、うまく飲み込めるくらいに、くだいてみようと思います。



なんか書きたいんだけど、うまく書けないものだから、もぞもぞする。