とりえかんざし

いつもなにかにこころをよせて、恋していたい

3月の下旬の寒暖の妙

「うう、あついナ…」

空は高く、雲は水に溶かした和紙をすくうときのように、うっすらとまんべんなく白を伸ばし、日差しはやや強まってきた気のする3月下旬の昼下がり。

いつもの駐車場に車をとめ、車内でぼてっとした厚手のコートを羽織る。あついけど、着る。外に出れば案外、寒いのを知っている。

体温調整が難しい時期であるが、やせ我慢せず、まだ冬の装いでいた方が身体のためでもある。夜はまだ震えるほどには寒い。備えあれば憂いなし、あつければ1枚羽織っているものを脱げばいい。風を通さなければ、そろそろ薄い羽織ものでもいけそうではある。


いつもの裏道へ入る。湿度の高そうな、ひっそりとした住宅街を縫って歩いていくと、地面に落ちた日陰の黒が、以前よりもまして濃くなったことを実感します。「コントラストが強い」っていう感じです。

日向はあつい。
日陰はさむい。

去年のこの時期、近所の小学校のグラウンドが解放され、そこで桜に囲まれるのを楽しむ、つまり花見ができるようになっていましたが、その時にも同じようなことを感じていたのを覚えている。

日向はあつい。
日陰はさむい。

日向と日陰の寒暖の極端さにやられて、じっと腰を据えてはいられない。さむさか、あつさで、花見どころではなくなる。日陰でビニールシートを広げて花を見ながら談笑していた大学生や、家族連れもいましたが、やや、さむくはないのか。我慢大会と違うのか。

ま、わたしとその学生ら、家族らとは感じ方が違うわけですから、どのくらいをさむいと感じ、どのくらいをあつく感じるのかも人それぞれですので、あえて共感したところで自分に寒気が走るだけです。桜がきれいだなと思うのは、唯一共通して一緒です。


ええと、日向ゾーンと、日陰ゾーンがあるのです。くっきりと。
あつい、さむい、あつい、さむい。口に出して言いません。表情にも出さず、ただぼんやりと歩いています。けれど、コートの中がサウナのようになったり、手や首がカチコチに冷えることが、交互にやってきているのです。水面下の戦いです。
住宅街を歩くのも、時々、大変なこともあるようです。空気はすんとしていて爽やかなんですけれども、ちょうどいい道はないのかね。


とか眉間にしわを寄せてしまいそうになりながら、昔のことを思い出したり、考えたりして歩いていたら、目的地に着いた。


「おはようございます!」

切り替えは、早い。3月下旬の昼下がり。