とりえかんざし

いつもなにかにこころをよせて、恋していたい

忙しそうにしている雰囲気を作っている

最近わたしは、「人から頼まれごとをされにくい雰囲気」が出ているのかなあと、気になりました

不満や愚痴を言わないように努めていますし、人から何かたのまれれば、どちらかというと、嬉しく感じますので、よほど変なことでない限り、最後まで、気持ちよくやり遂げてきたつもりでいました。

それが最近は、めっきりと、頼まれごとをされなくなっていますので、わたし自身に、変わったことがあるのではないのかと、疑っております。


大きな原因として、考えられることは今のところ2つあります

1、わたしが誰かに頼みごとをしなくなった
2、忙しそう(声をかけづらそう)な雰囲気をまとっている

わたしが、「自立」というものを、履き違えているのかもしれませんが、それでも、自分でできることにのみ焦点を絞り、他は捨て、できる限り、問題は自分で解決することに決めています。
人に寄りかからずに、自分の身の回りのことをとにかく自分でこなせるようになろうと、試行錯誤しているのが、人に頼らない決断が、普段の会話もぎこちなくさせ、お互いに、深く突っ込むことができず、表面的なお付き合いになっているのがわかります

もたれかからないように、カチコチに自分を固めている姿が、はたから見たら、なんとも関わりづらい雰囲気がでているのではないでしょうか


わたしが誰かに頼みごとをすることは、絶対にしないと決めている

そして

誰かに頼みごとをされなくなるような、希薄な人間関係が最近、どんどん構築されようとしているみたいで、懸念している

という状況です。

どこかで誰かのお世話になっていることは百も承知ですが、わたしが選択できる範囲内で、人に頼らないって決めちゃいますと、どうしても、人とのかかわり合いを避け、自分の求める方向に、視野が狭くなってまいります

だからといって自分から率先して、人に頼みごとをたくさん聞いてもらいましょうというのもおかしいです。目的をないがしろにしたような妥協あるお付き合いも、できません。

わたしにできることは、
「忙しそうに見えるわたし」をやめて、そう見えないように見せる演技を、することかもしれません。

一方通行のお節介を、さりげなくして、かつ、貸し借りのようなお返しではなく、感謝の気持ちだけがそこに残るだけ、終わり。そんなふうに上手になれたら、すぐにこんなこと、解決するだろうなあと思ったけど、言葉にしてみると、人には伝わりにくいことです