とりえかんざし

いつもなにかにこころをよせて、恋していたい

悩みというよりも、その先への好奇心

人から愛されないことよりも

わたしがなにも愛せないことのほうが
たいへんだろうなって、思う(うまく言えないのですが)

 

今日は先に断っておきます、変な話をします。

変な話が苦手な人は、また明日の日記で会いましょう。

 

 ***

 

なにかひとつのことをずっとずっと好きでいられるようになれたら、たとえばさなぎから蝶になれたような、開放感といいますか、あやしくて変な話風にすれば、今世じぶんががんばりたいことのひとつが解消されるんじゃないのって、思うことが、 

そんな仮説が、

昔からわたしの心の奥底でしずかに息をしつづけていて。

 

なにかひとつのことをずっとずっと好きでいられるようになれたら。

 

なんとか手に入れようと、あれこれと策を弄するわたしと、空回りしたり、それが難しいコントロールのきかないわたしじゃないわたしが摩擦をおこして、不安とか、よくよく考えてみれば関係のないものからのプレッシャーに頭を占拠されたりするときに、定期的に涙がとまらなくなるときがあって、車の運転中とかにそのスイッチが入っても、恥も知るものか、ただつのる寂しさを、少しでも涙といっしょにどこかへやってしまおうと、身を任せるじぶんと、運転だけはいつも以上に冷静なじぶんと、さらにそれを俯瞰する冷たいじぶんが同居して、人の中身なんかわかりません、端から見れば、あほうが極まっているように見えるでしょう。

 

ときどき、「わたしってこういうことが好きだったんだ」って思うこともあるのですが、意志薄弱です。すぐにじぶんとは関係のないものになったり、思いを強めるほどに、だれかの不幸につながることがわかるとじぶんを殺すほうを選ぶのです、身体に鎖をぐるぐる巻き付けるようにして、伸ばす手も切り落とすくらいの我慢も、なんとかならないでもないって思ってしまうじぶんの、よくいえば我慢強さやたくましさ、わるくいえばさっきも言ったように意志薄弱さやじぶんのなさ、それらから上手に卒業させてあげたい。わたしを。

 

 

 気持ちもこころも、常に変わりゆくものと言いますが、ひとつくらい、じぶんでじぶんのずっと好きでいること、覚悟を決めて、こわさもいっしょにつれて飛び込んで、昨日よりも今日、少しでも絞れたらいいなって。それがゴールだとも思えませんが、まずはここから。

 

また思い出したかのように。

 

ひとつわかっているのは、それが叶わないって思うだけでも、ひどくつらくて、

なにかを好きなときは、あったかくなること。

 

それだけのこと

 

 

考えすぎ?

 

そしてまずは引っ越ししたい(まだ言ってます)