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とりえかんざし

お休み中です

ゆめをみた

どこかの広場で、手をつないで輪っかになって、縮んだりぐるぐる回ったりして踊る。いつの間にか空中ブランコみたいなものに乗っていて(手はつないだまま)わーとか、きゃーとか、言いながら、楽しそうにしている遊園地の一種の参加型アトラクションのようなものが、あった。

 

遠くで見ていたわたしは、楽しそうなところとか、仲良しそうなところとかに、嫉妬に近い感情を抱きそうになって、それにウソをつくためだと思います、「子どもっぽい」「はしたない」などと、ぼそっと心の中で呟きます。


わたしがそう思う思わないに関わらず、その参加型アトラクションは大変人気で、

修学旅行で同じ班だったのか、わたしたちは大学生で同じゼミだったのか、そのあたりはよくわかりませんでしたが、4人ほどでグループ行動を共にしていたうちの1人が、そのアトラクションのようなものをやろうと提案した瞬間、散々くだらないくだらないと言っていたわたしは静かに参加表明をしていました。その人は、たぶん、ええと、意中の人なのです。

 

気になるのでしょう、なにかの間違えで手をつないでぐるぐる回って踊れるかもしれない、いっしょに笑えるかもしれない、そんな浅はかでいやらしいものがじぶんの中に存在しているんだと思うと複雑です。


しかもあの人には付き合っている人がいて、わたしが入り込む隙間はないというのがさらに複雑さを極めます。

 

その参加型アトラクションのようなもの(長い)は、人気のために、座席数に対して参加者が多すぎていました。

そこで参加者を絞るべく、なにやら抽選が行われるようです。


もし、抽選でパスできたとしても、隣同士になるとは限りません、そこまでして手をつなぎたいのかと思うと内心呆れてしまいます。

 

抽選は簡単です。お手玉のような、ピンポン玉のようなものが、参加可能人数分、無数に打ち上げられ、それをキャッチできた人が参加できるというしくみです。原始的。

何十人も密集して、楽しくて甘いものをキャッチしようと手を伸ばす。その様相はまるで、豆と一緒にお菓子などもまく、節分の豆まきのようです。


さて、運命を決める玉は、3回に分けて打ち上げられました。1回目、こない。2回目、、、、も、わたしのところには飛んでこない。

この時点で、みんな(同じグループである他3人)がとれていることに気がつきます。それをわたしは何を思うでもなく、ただ上を見上げて構えていました。

最後の3回目。

玉が無数に打ち上げられる、その中のひとつが、わたしに向かって飛んでくる。

お手玉がおでこにぶつかって、目から花火がでたとおもったら、倒れていました。

 

両手でおでこを抑えて、いたたたたと言っていたら、手の中にはちゃんとつかむものは、つかんでいたようです。

…あ、キャッチできました。

 

手にしたお手玉のようなものを持って、待合室のようなところで順番を待ちます。

待合室は、なぜか学校の教室のかたちをしていて、見たことがある木の机とイスが、整列していました。

 

わたしがその1つに腰掛けると、例のあの人が近づいてきて、あわよくば隣同士になれるんじゃないかと、そうしたら、そのまま順番がきて、手をつなげるのではと、もうそればっかりで頭の中はおめでたいことになっています。人生の中で今が一番緊張している瞬間。

 

そのとき、係りの人が、ちゃんと席が埋まるように、前の方から整列させているようで、わたしにも、前につめてくださいね、とにっこりした顔で促しました。はい。

 

「言われてんの」

 

「あはは」

 

***

 

目が覚めると夜中の2時頃で、わたしはいつもの布団の上で仰向けになっていました。窓を閉め忘れていたらしく、風が頭とお腹を冷やします。これはいけないと、すぐに窓を閉めて、今見た夢をメモ帳に残して、思い出すのも大変です、ある程度書いたら疲ちゃって、しまいにはまた寝ていました。

 

覚えのない風景と、覚えのない人、覚えのない気持ち。

悪くはないかも、と思いました。