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とりえかんざし

お休み中です

一言でいえば「ケーキを食べました」

一言で済ませられることを、ピザの生地を伸ばすように、切れないように、火が通るように、焼き上がりの食感よく、ほどよく焦げ目もつくように、おいしくなるように、なんなら手の上で回転させちゃったりして見るのも感心するように、上手に引き伸ばすのが、作文というものなのでしょうか。たとえが謎。

 

最近のわたしは、甘いモノを食べると、身体の機能がズタボロになってしまう体質が備わっていて、以前もクッキーを一枚頬張っただけなのに、急につらくなってその場に崩れ落ちて、しばらく立ち上がれなくなったこともあり、軽い恐怖症のようなものが芽生えていたのでした。

ですので、ここしばらくは、たとえ甘いモノが好きだとしても、意地でもってして、食べずにいたのですが、最近誕生日を迎えた知人がおりまして、そのときにケーキがでてきたのでした。なんと恐ろしいことか。

 

砂糖の塊。もう見た瞬間に、鳥肌が立って、「食べたら死んじゃうんじゃないか」とぞわっとしたのですが、それ以上に(ここ大事)、アイスコーヒーと一緒にいるそのたたずまいが、あまりにもお洒落で素敵で、こんな贅沢いつぶりだろうと、涙が出てくるほどに渇望していた砂漠のようなじぶんの存在を発見しまして(誕生日なのに雑念だらけでごめんなさい)、砂漠化した心を潤すのにこれ以上ないものが目の前にあるのです、これを食べずに我慢の人生を生きながらえるのか、今欲しているものを手に入れる権利をじぶんに与えたのちに果てるか、…ごくり。選択の余地はありません、知ってて犯す罪。その罰を受けるのは覚悟の上です、それ以上に譲れないものがあるのです、有り難く、いただきます。お誕生日、おめでとう。

***

 

帰り道、少し遠くなった夜空を見上げて(倒れたという描写ではありません)、他人の誕生日万歳!と心の中で叫びながら、世の中には毎週のように喫茶店やらカフェやらで好きな本をお供にこういう贅沢をしている人もいるということがふと頭をよぎり、たまにだから喜びもひとしおなのですと、冷静に自己肯定をした。

 

調子に乗らず、また甘いモノを封印することを決めました。特にジャンクで甘いモノ。もうそれは、恐怖からじゃなくって、じぶんを大切にする意志で。

ちょっとずつじぶんに元気とゆとりが戻ってきたことが、他のなによりも嬉しいのです。