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とりえかんざし

お休み中です

寒いの大好き

寒さが安定する前に、セーターを風にさらして、いざ着るときに、くしゃみが出ないように下準備をしています、ほんと、衣替えの時期は、箱ティッシュを小脇に抱えていたいくらいの永遠へっくしゅんですからあはは。今年はそうならないように努めます。

 

風邪が流行ってきているようで、今までの経験上、手洗い、うがい、頻繁にやってあげて、食べすぎ、偏食に注意すれば、だいたい大丈夫です

衣類や肌の汚れは手から、風邪菌も手からです、「手を洗う」こと一生懸命すれば、いつもより頭もすっきりしそうな予感

 

わたしの頭の容量は、豆粒しかありませんから、あまり外からの情報を取り入れないように努めなければなりません、へたに人のこととか周囲のモノに興味をもつと、看板に頭をぶつけたり、車にひかれかねない、常に平静であれ、常に冷たく装わねば、必要なものを、わかっていることだけを頼りに、探偵のように生きねばなりません

 

暑さも情報過多に繋がっているのかなって、最近思うようになって、「身体が悲鳴をあげる」って言うでしょう、暑いと、じぶんの身体の細胞や血が、目が耳が、活動的になって、騒がしくってうるさくなるのかもしれない、それで情報過多になって豆粒脳内メモリーがパンクしちゃってウワアアアってなるのかも。

逆に(「逆に」って言ってみたかった)寒いと、必要最低限の機能だけが息をして、他は静かに眠る。身体の中に小さな生き物がいるのだとしたら、みんな、静かに冬眠するんです、すると、身体もうるさくなくて、容量にも少し空きができて、わたしのパフォーマンスもよくなる。寒いのが好きな理由は他にあるけれど、こういった点も、潜在的に心地よく感じているのかも、っていうのが、最近の気づき。

 

寒かったり、寂しい感じが恋しいのは、それ自体を好きなわけじゃなくって、そのとき、静かな環境で、情報も極小になって、わたしが、わたしに気づきやすくなって、よりわたし自身と一体化しやすくなるからではないのでしょうか。うん、意味不明。