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とりえかんざし

お休み中です

頭の中書き出して整理する

今はわたし、「出ていけ」って言う敵の味方ですから、「ここにいていいよ」って言う優しい味方だったひとは、もう敵です。

 

心配される方が悪い、って言っちゃったら、断固として心配されたくないわたしは、心配されないようにがんばらなくちゃいけなくて

 

もう心配されないでしょ!

って、やることやってるはずなのに、そのために努力してきたのに

それでも心配してくる心配症の人たちは、人のことを心配することが愛情だと思っているの、ひとりの大人として信じてないの、もう親心っていう名の暴力です

 

「心配しなくていいよ」

→「心配するでしょ!」

 

「なんでもないから」

→「なんでもあるでしょ!」

 

見事なまでに全否定で、わたしの言葉は一体なんのためにあるのでしょう

 

わたしには、なにかの呪縛でしかなくて、もうこのやさしさ()からは、(嫌な人から逃げるのとセットで)逃げるしかないのですけれど、参りました

 

嘘ついても、いつもニコニコしてても、わんわん泣いても、説得しても、ちゃんとお願いしても、ちゃんと伝わらない、届かない

 

心配されるだけで、なにも変わらなくて

 

表面上は、楽しそうに過ごせます(相手方もそういうときは楽しそうにしている)が、薄っぺらいそんな関係で過ごしてて、今日寿命がきたら、絶対に笑えません

 

今できることは、嫌な人の嫌な独り言を耳に入れないことと、迷惑がかからないようにひっそりと暮らすことと、優しい人のやさしさ(本当にほしいことじゃない)を受け取らないことと、心配されてもはねのけること、わたしだけは、自分自身に対して、なにしてもいいよ、なにもしなくてもいいよって、許してあげること

 

究極的にはそんなこと考えてないで、絵とか物語に没頭しなさいってことなのでしょうけど。

醜く転げ回りながらでも、明るい方へ前進しなきゃ

 

 

※読者様、度々のお見苦しい日記をお詫びします。ごめんね。