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とりえかんざし

お休み中です

はてなを毎日更新して一年がたちました

知りたいことはお茶碗の縁の向こう側
溢れ出してしまった忘却の先に眠ってる
記さないと辿り着けない
同じことをなんどもなんども
繰り返し繰り返し忘れないように
好きな場所で
好きな音を聴き
好きなにおいの中で
好きな人を思い浮かべながら
大好きな筆記具を指先に調律して
手のひらに刻み込むの


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何かにこだわると
何かひとつのことに絞ろうとすると
あなたの役割はそうじゃないよと
命の風が吹く

もっとたくさんもっと知らない
においを色を汚れを
インクの染みで世界は結ばれて
喜びは静かに鼓動する


あなたの欲しいものは恥ずかしさや祈り、
恐れとともにあるから


勇気を出しなさい

 

***

 

記憶は有限でも記録は無限
わたしが育てるのはわたしじゃなくて
わたしを捕まえている大きな檻

 

檻はあなたをセーブする
あなたが大きくなりすぎたら窮屈になるようにできている

一人暮らしが叶ったら檻から出られると思いますか
そこは新しい大きい檻を用意されただけと思いますか

そんなのわからないよ

どんな心の使い手だとしても
わたしをわたしたらしめる愛する人への敬意を
わたしをわたしたらしめて閉じ込める他者への憎悪へと変えてしまうことだってあるのですから


折りと祈りは似ていたね


【折り(をり)】
→3 過ぎゆく時の中の、区切られたある時点。(※goo辞典参照)

祈りは何を折るために?

 

***

 

このことは忘れたくないからなんども書きます

 

「今日書いたことは、わたしにとっては全てどうでもいいことで、朝起きたならばほとんど忘れているはずです

これだけははっきりしている、

書いているときの感覚だけは、どうでもよくなくて、できれば明日もずっと覚えていたくて、もっと、病気って言われるくらいに書いてみたいっていう願望も芽生え始めているこの頃です」

 

***

 

あとがきのようなもの

 

はてなブログ「とりえかんざし」が、一周年を迎えました。(パチパチパチ)

わたしの書くことは、なんか謎すぎて、あはは。こんな混乱に閉じ込めてしまうような記事を連発する人間を、それでも見てくださるのは、ほんとうに有り難くって、毎日信じられなくって、感謝しきれないです。続けられたのは、間違いなく読んでくださった皆様のお陰様で。ありがとうございます(土下座)。

 

今日だって、振り返り記事を書こうかなって思うより先に、溢れる言葉を書き留めるほうに意識がいっちゃって、他のことなんて考えられないや!っていう事態でご覧の有様です。

 

何を書くかなんて選ぶ暇はなくって

かんがえたことはかかない約束も思いついちゃって。

 

一年を通してぱっと思ったことは、ひとまず、三つです。

 

一つ目は、最近気付いたこととして、わたしにとっては、何をかくかということよりも、かくことそれ自体が大事だということ。見られても見られなくても自分の言葉でも人の言葉でも文字でも絵でも構うものか、それ以外から隔離された心で、ひたすらにかくことに身を捧げることは気持ちのいいものでした。

このことに気づけたのは、大きくて、きっと忘れちゃいけない気持ち。

 

二つ目は、毎日更新の質のこと。

一年が365日あるとして、 一日1記事かくとしたら、一年で365記事。一周目は、そのうちの、50記事くらいは、純粋に、かくことに没頭できていた気がします。残りの315記事ほどは、毎日更新だから更新「しなくちゃ」、とか、頭の中で考えた堅いこと、それらを苦しい思いしながら書いたりだとか、「今日は寝ます!」みたいなおやすみなさい記事だったりします。それと、見てた皆様にはごめんなさい、以前の悲劇ぶった具合の悪い記事たち…。

 

それを、二周目は、一周目より多くの日を、「かくことそのものを楽しんだ」記事にできたらいいなあ、って。

前のじぶんよりも、一つでも多くの記事を。

そう思えるようになったのが、もうひとつの収穫です。

 

三つ目は、本読むのが、ほんと、楽しいってこと。 本がある毎日と本のない毎日じゃ、天と地ほどの差だよ。

 

 

今までよりもかおすでへんてこりんなブログになるかもしれませんが、「かくこと」一辺倒で、一生懸命楽しんで更新する所存です。

 

はじめまして、

とりえと申します。

今日から二周目はじめます。

 

大事なことなのでもういちど。

今日から
しぬまで
毎日
ブログを更新します。