とりえかんざし

いつもなにかにこころをよせて、恋していたい

「どうしてそんなにすてきなんですか!?」

わたしのそとにはなにもなくて

ぜんぶうちがわに広がっていた

ほんとうのことも、たのしいことも、しあわせも、正しいことも、ぜんぶだ

 

***

だから、そとにあるものにはキョウミがなくて、むしろイヤなイメージがまとわりついているから、関心は、そとにはなくて

 

言葉がうちがわに、うちがわに根をのばして、ほっといてもぐんぐん成長していく

しだいに、そとからは見えない花がいっぱいさいて、それはもう、みごとで、とてもきれいだった

 

きれいなものを見ると、ひとはだれかに見せたくなるもの

けれども、その花は、だれにも見ることができなかった

なぜなら、うちがわにさいているから

うちがわにあるいじょう、あたりまえで、それはそとからは見えないしくみのよう(ただし、「うちがわからにじみだす」という場合がある)

 

そう、ひとに見せるためには、ふつう、そとにひっぱり出さなくてはいけなくて

ただ、はじめのうちは、うつくしいまま、きれいなまま、とりだせることは叶わない

だから、練習がひつよう

 

すぐに見せたいひとは、らんぼうに、うつくしいところだけをちょんぎって、そとへ取り出し、そうしてひとに見せることは、かんたん

その花は、たしかに一瞬だけ大きなひかりをはなち、それはとてもうつくしくてうっとりしてしまう

けれども、一瞬だけ

理由は、花がどうやって育ったかをしらべれば、一目瞭然(いちもくりょうぜん)で

 

根っこと花を切りはなしたから

 

うちがわに世界をひろげて、そとがわを恐れていては、言葉も花も、いくらきれいでひとに見せたくなっても、いっしょに喜んでみたくても、それは、じょうずに取り出すことができないのだから

そとがわにクルッとさかしてあげる努力をおこなえばいい

 

やれることはむずかしくはない

そとがわの世界をちゃんと見る(ポイントは、目と目を合わせる意識、ひとでもモノでも景色でも)

しっかり見て、わるいところじゃなくて、いいところを、ちょっとずつ、探してく、見つけてく、わるいところじゃなくて、いいところをだよ

とどめに、なんでそんなにすてきなのかをしつもんしたり、たくさんほめたり、

していくだけ

 

うちがわから、そとがわへと、取り出す変換器のせいどをあげていくには、技術と努力がひつようだけれど、これは、また、きっとべつのはなし

 

どんなにそとがわへとつながる表現がへたっぴだとしても、うちがわに対する自信までも、そこねる必要はこれっぽっちも。

だって、そとがわのへたっぴと、うちがわの美しさは、それぞれ独立している

だから、つられてへこたれることもないのだ

 

 

 

(みなさまお許しください、わたしももう、何を言っているのかわかりません!)